大正時代に政党政治が発展していった背景
⑴ 護憲運動
①日本でも、大正時代を中心に、社会に民主主義の風潮が広がりました。これを何といいますか。
②日露戦争の前後、藩閥や官僚を後ろ盾とするAと憲政友会の総裁Bが交互に内閣を組織していました。AとBを答えましょう。
③1912年、軍備の拡張をおさえようとしたBが、陸軍の反対で倒れると、陸軍大将のAが3度目の内閣を行いました。これに対し、尾崎行雄・犬養毅らの政治家や新聞記者たちは、立憲政治に反したやり方であるとして、A内閣打倒の運動をおこし、民衆の支持を広く集めました。これを何といいますか。
④③により、桂内閣は、わずか50日あまりで総辞職に追い込まれ、その後政党の勢力がしだいに強まっていきました。これを何といいますか。
⑤1912年の7月、明治天皇が亡くなり、その後即位した天皇を答えましょう。
⑵ 民本主義
①第一次世界大戦を機に、デモクラシーの風潮が世界的に高まるなか、民本主義を唱えた人物を答えましょう。
②①は、民意に基づいた政治を大日本帝国憲法の枠内で実現していく方法として、
・議会に基礎を置く( a )制の確立、
・二大政党による政権( b )、
を説きました。
abに当てはまる言葉を入れましょう。
③②の思想は、憲法学説とともに、大戦の末期から戦後にかけて言論界の支持を集め、政党を中心とした政治の確立を求める世論が高まっていきました。この憲法学説は誰が主張しましたか。
⑶ 米騒動
①大戦中は、好景気が続きましたが、米の買い占めなどが起こり、米価が急にたかくなりました。戦争の長期化を背景に、何が原因であると考えられますか。
②1918年の夏、米の安売りなどを求めて民衆が米屋や精米会社を襲いました。これは何と呼ばれますか。
③②騒ぎの責任をとって、1⃣陸軍出身の首相が辞職し、1918年9月、2⃣新たな首相が誕生しました。1⃣と2⃣を答えましょう。また、2⃣は、首相に指名される前は何の総裁でしたか。
④③の2⃣は衆議院の第一党である立憲政友会の党員が占める本格的な( )内閣で選挙権を拡張するなど、政党政治を強く推し進めました。
( )に当てはまる言葉を入れましょう。
⑤④の選挙権の拡張
1919年に選挙法を改正し、選挙権の資格に必要な( )の納税額を( )円から、( )円に引き下げました。
( )に当てはまる言葉を入れましょう。
答え
⑴ ①大正デモクラシー
②A:桂太郎
B:西園寺公望
③第一次護憲運動
④大正政変
⑤明治天皇
⑵ ①吉野作造
②a:政党内閣
b:交代
③美濃部達吉
⑶ ①シベリア出兵
②米騒動
③1⃣寺内正毅
2⃣原敬
立憲政友会
④政党
⑤直接国税・10・3
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